イングリッシュ・ナウ校長が、考える事、思う事

暗記は‘只々’‘黙々’の結果

2016年12月22日 Posted by Makoto Iimura

暗記・暗唱は無理矢理やらせるものではない。日々の練習を十分積んで、あくまでもその結果として出来るようになっているもの。“ 暗記しなければ!” といって夢中で暗記しようとするのでなく、只々、黙々と100回も200回もShadowing をする、只々、黙々とReadingをする。そして、その ‘ 無欲’ の結果として、暗記・暗唱がついてくる。無意識レベルで出来るようになっている。

暗記・暗唱に限らず、小さい子供達には、『能力』というものは、こんな風につけてもらいたいと願っている(人間、私も含め、何事、“すぐの結果”をほしがってしまうものだが…)。

何をやるの?なんでやるの?

2016年11月20日 Posted by Makoto Iimura

①:“ 英語耳”を育てる(英語の音が通る道を造る) ― 英語の音を認識し、自分でも同じ音を再生できる力を育てること。CTP 絵本、その他 Story CDと、たくさんの英語を聞いてもらう。無制限。 ②:暗唱力(記憶力)を養う ― 英語の文章を大量(無制限)に頭の中に舞い込み、忘れないようにすること。再生の繰り返しを通して、消えてなくならないようにする。CTP 絵本96冊が連続で暗唱できる。小学生の約100のストーリーが全部連続で暗唱が出来るようにする。③:聞いていて分かる。読んでいて分かる ― 聞いていること、読んでいることの内容が分かっている。そして、その内容の質問に素早く答えられること。勿論、正しいfull sentenceで。

大きく、大きく整理すると、これら3つのことを大切にし、指導をしている。そしてこれらは何をしているのか、何の為にしているのかというと、これらはみんな、(今すぐではないかもしれないが)将来、英語で自由に話せるようになる為にやっているんだということ。意味の分かった“膨大な量”の音・文章を、耳と目から、一生忘れないように、しっかりと頭の中に仕舞い込んでいるのです。“その時” が来たら、いつでも・どこでも、自由に引き出せるように…。 ― “ 話す”というアウトプット。自分の思いを外に出すときに必要な道具(ことば)が “ 内”(自分)になければ)外に出せない。ここが、どうしても譲れないところ。

“一体となる”とは?

2016年10月23日 Posted by Makoto Iimura

まずこれは、相手(子供達)に求めるところは何ひとつない話であるということ。こちら側・自分のみをテーマとする話であるということ。相手(子供達という“ 縁”)に接した時に、自分の目、耳(=生命力)が、もう既に反応し、一体となっているという事実があるということ。相手をコントロールしようとしたり、相手にこうやらせようとの、こちらからの一方的押し付けの気持ち・感情が起きる前の話であるといること。子供の声に、顔の表情に、手足の、その小さな動きに、自分の “理屈” が入らず、そのままに瞬時に反応出来ているかを問題にしていること。自分の “ 声・顔・動き”(= 生命力)をもって、この自分の “ 理屈” 以前の、俊敏な動き・反応を大切にしようという話であること。

“ 感覚” でいうと、“ 自分は” “ 私は”という自分を主張しようとする意識が非常に薄~い感覚。“ 自分” はなくなり、相手はそのまま100%残っているという感覚。自分が、“ 相手” 一色になっている感覚。そして、その相手100%、相手一色に、そしてその相手の変化に、自分の “ 声・顔・動き” が自分の理屈が入る隙間もなく、次から次へと俊敏に反応している、ただ反応し続けているという感覚。こんな感覚を、“ 一体となるとは?” を考えるヒントとしたいと思っています。

そして、この “ 一体となるとは” をヒント(“ 基 ”)にしながら、子供達と一体となりながら、子供達の生命力に常に働きかけながら、子供達の能力を無限大に引き出せる力を “ Now力”と呼び、それが出きる人を “Now力” の人と呼んでいます。

出発点! ― 先生の「声」と「顔」と「動き」

2016年09月25日 Posted by Makoto Iimura

先生の「声」「顔」「動き」が、子供たちのやる気・意欲を作ってる:

子供達は、環境の中の全てのものを(“よい”も“わるい”も)、全身で、全霊で吸収しながら、マネをしながら、学び・身につけていく。先生達の「声」「顔」「動き」も環境のひとつ。子供たちのマネの対象。そして、“お手本”。子供たちは、先生の「声」「顔」「動き」をマネて学んでいく。先生の「声」「顔」「動き」が生き生き元気であれば、子ども達は自然と生き生き元気になる。やる気になる、意欲的になる。先生の「声」「顔」「動き」はこんな風であって欲しい。

先生の「声」「顔」「動き」が、子ども達との“一体感”を生む:

先生の「声」「顔」「動き」が、子ども達の、あらゆる種類の、あらゆるレベル・サイズの「声」「顔」「動き」(=“縁”)に触れ、その変化に、“ 瞬時に” “俊敏に” “瞬発的に”、“同時と言っていいくらいの速さで”反応する。先生の、子ども達への、この“瞬発的な”「声」「顔」「動き」での反応が、“ 子供とのつながり”のきっかけを作る。そしてこれが、楽しい一体感を生む。

こういうことが、無意識のうちに、もう既にそういう「声」「顔」「動き」が出来ている先生は、それはそれは立派な “Now力”の持ち主だと思うのです。

きちんとできたね!

2016年08月22日 Posted by Makoto Iimura

どうしてきちんとできないの!” “どうしてしっかりできないの! ” と、いつも、あんなに叱られてばかりいた子が、一変した。“ きちん” と出来ている。“ しっかり” と出来ている。今日はな~んにも言われなかったのに…。我ながら、感激、感動した。“ な~んだ、やればできるじゃないか” “ すごい!” と。

何だろう、この “一変” は?と思った時、“ 環境だ!” と思った。“ 今日は、環境が違ってる!” と。その子は、この違いを感じとり、“しっかり” と“きちん” とになったんだ、と。確かにその子は、その日、今までとは異なった場所にいた。雰囲気、環境が違った…。“ しっかり” と“ きちんと” につながる雰囲気のある場所にいた。

 “きちんとやりなさい” と毎日言われても、きちんとできる環境・状況・雰囲気・etc. がなければ出来るわけがない。その子が悪いんではないんだ。“できない” を、その子のせいにしてはならないんだ(こどもは、“環境” を感じ取り、そのままを表現しているのみ)。

 『環境』…。子供たちが、何かを学び身につける時、何よりもまず、その子自らが“ やろう!” “ やってみたい!” と感じることの出来る環境があることの必要性を痛切に感じる(先生達が、その環境の中心存在)。“ ~しなさい!” との音だけを、一方的に発する前に、子供自らが、そうしたくなる環境作り。“ 教えよう!” と力む前に、“ 子ども達自らが学びたくなる環境づくり” ― その環境は誰が作るのか? ここを徹底していきたい!(“ わたしたち、こどもたちは、おとなのひとたちがつくってくれる、かんきょうしだいなんですよ” を強く再認識させてもらった瞬間でした。ありがとうございました!)

 

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