イングリッシュ・ナウ校長が、考える事、思う事

「~たい」の環境(ことばの出発点)

2009年07月12日 Posted by Makoto Iimura

「それをしてみたい」「それを言ってみたい」「それを食べてみたい、飲んでみたい」「そこへ行ってみたい」、云々。この「~たい」の気持ちを言葉にしていく。それが“言葉”の大本(出発点かなー)と思う。他の人に伝えたくて、言いたくて…、の気持ちが、まずあっての言葉だと思う。

表現が、発音が少々下手でもいい、じょうずでなくてもいい、声が小さくてもいい、かっこよくなくてもいい…。

“他人(ひと)に伝えたい”
その気持ちがあって「言葉」になる。表現したくなる(別に言葉でなくてもいいのだが…)。

「~たい」がないのに、無理やりの言葉じゃ、それは言葉じゃない。音になっても、文字になっても、それは、少なくても余り魅力的じゃない。魅力的には響かない。

下手でもいい。きれいじゃなくてもいい。なまっていてもいい。何か変でもいい…。この「~たい」の気持ちが本物なら、その言葉は本物だ。

「~たい」がないのにやるから、つまらない「勉強」になってしまうんだ。

「~たい」に基づく指導を実践していきたい。それも、ギリギリまで待たせた「たい」。募らせた「~たい」の指導法がいい。すぐに手に入らない「~たい」の方が、それが手に入った時の言葉に「喜び」や「命」を感じる。

興味というのは、出来そうだという“予感”から湧き出るもの

2009年07月05日 Posted by Makoto Iimura

ボクにも、ワタシにも出来そう!と思うから、それをやってみようかなー、やってみたいなー、と興味がわく。最初から、全然出来ない、不可能と思ったら、それをやってみたいという興味はわかない。子どもたちの「学び」はこの「関心」が出発点。だから最初は、いつも簡単でやさしいことから始めるということだ。やさしくて、やさしくて、やさしすぎるよ、と感じる位から始めるということ。「真理」だな~。ことの最初はいつもここから始まる。

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