イングリッシュ・ナウ校長が、考える事、思う事

なぜ“ 一体感 ” が大事?

2015年05月17日 Posted by Makoto Iimura

なぜ先生と子供たちの一体感を大事にしたいのか? 勿論、子供たちが毎日“ 元気で” “生き生き”であってほしい、と単純にそう思うわけですが、何が子供たちの能力を作り、育てるのか、ということを考えるとき、この “ 一体感 ” が特に大事になってくるからなのです。与えられた環境に、何一つ不平不満を言わず、順応し、全てを取り込み、何が何でも生きようとする、自分を成長させようとする、この子供たちのどこまでも純粋で猛烈なエネルギー(= 「生命力」)。私は、この「生命力」が子供たちの能力を作り、育てている、と考えています。そして、その「生命力」が能力を作りやすくなる為には、その条件の一つとして、「生命力」が生き生き、元気であること。生き生き・元気であれば、環境(外からの刺激)に順応しやすくなる。「生命力」が生き生き・元気になる為には、先生と子供たちの “ 遊び”(=指導)は、先生からの無理矢理、一方的、押しつけであっては、子供たちの「生命力」はなかなか元気になれない。子供たちの遊びたい遊び方で遊ぶ。こうなった時、子供たちの「生命力」は生き生きとなり、子供たちに “ ヤル気 ” が生まれ、そこに結果、先生と子供たちの間に一体感が生まれる。

一体感を大事にする指導法ということは、つまるところ、子供たちの「生命力」を元気にする指導法であり、子供たちの「生命力」が能力を生みやすくするための指導法ということなのです。(少々、理屈っぽいですネ)

不平等指導法

2015年04月18日 Posted by Makoto Iimura

指導で大事なのは、能力を育てることであって、どんどんと教材を先に進めることではない。どの生徒に対しても、ただ同じように教えればよいという教科書が必要なのではなく、だれにでも同じように教えられる “ 虎の巻 ” 風な指導マニュアルが必要なのではなく、その生徒一人一人の、今の能力の高さにぴったりと合った、その生徒だけのやり方が必要なのです。私はこれを、“ 不平等指導法” “ 不平等時間割” と呼んでいます。誰に対しても同じようなやり方ではだめなのです。教科書を教えるのではなく、教科書で能力を育てることなのです。

その生徒個人に合った、今必要な練習のさせ方は何なのかを、指導をする先生方、一人一人が日々、工夫・研究をしなければなりません。“ 今・ここ” で、その生徒が必要なのはどんな練習の仕方なのかを瞬時に判断、指導出来る先生になってもらいたいと願っています。“ 台本のない舞台” “ アドリブの世界” こういうことを自由に、自信を持って、かつ楽しみながら行える先生達と共にNOWを作っていきたい。

指導のうまさ

2015年03月21日 Posted by Makoto Iimura

小さい子供たちへの “ 指導のうまさ” とは、先生がやっていることと同じことを “マネをしてやってみたい” と思わせることが、その半分で、後の半分は、子供たちと一緒に “遊びながら” それを実際に出来るようにしてあげることだと思います。本能的に真似しようとする、同じことをやってみたいという、小さい子供たちの特性を活かしながら…。

ことばの意味理解もマネから

2015年02月22日 Posted by Makoto Iimura

小さい子供たちのことばの意味理解もマネからはじまる。小さい子供たちは、一つ一つのことばの意味をしっかりと理解して喋っているのではなく、そのことばが使われている状況をマネをしているのに過ぎない(と思うのです)。そのことばも、その状況の一部(一場面)としてマネをしているに過ぎない。その言葉そのものの意味をよく分かっていないのに(時として、自分の言いたいことではないのにもかかわらず)…。その同じような状況(場面)になると、その状況の一部として、その音(ことば)を発する。その状況の“パターン”(流れ)として…。

意味が理解できなければ、言葉は話せるようにならないと、意味理解にあまり神経質にならず、その同じ言葉が同じように登場する状況(場面)を繰り返すこと(見る・聞くこと)が大事な事と理解したい。同じことばが、同じような意味でつかわれる状況(場面)をたくさん積み重ねることで、その言葉が言えるようになり、意味も徐々にはっきりと分かってくるようになる(と思うのです)。

子供の “まねる” は本能的なもの

2015年01月21日 Posted by Makoto Iimura

小さい子供たちは、“自分もそれをやってみたい!” というところから始まる。その中身が面白いからというより、“ 同じことをやってみる”ということ自体に興味関心があるようである。この “ 同じことをやってみたい(マネをしてやってみたい)!” は、小さい子供たちにとっては、ある意味では本能的なものであると思うのです。やること、言うことの “ 中身 ” そのものより、それ以前に、マネをするということ自体に、本能的な関心がある。中身の面白い面白くないに関係なく…。言っていること、やっていることの意味、いい悪いなどは、あまり分からないで…。そういう“ 中身 ” にはあまり関心がない。マネをしてやってみる、そのこと自体に興味関心がある(ようである)。

“ 小さい子供たちは、皆マネで覚えていく” という。これは、子供たち自身、まねようと自分の意志でそうしているのでなく、本能的にマネをしているっていう感じだ。これも小さい子供たちの生きる術なのか。これも本人には知りようがない生命の力のなせる業(わざ)なのか。そして、そのマネをしてやる回数が多ければ多いほど、それが出来るようになる能力が早く生まれるという事実。そして、その “ 同じことをやってみたい!” の中に、“同じことばを言ってみたい!”ということも入っているという事実を見逃してはならないと思うわけです。

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